定期的に真梨幸子のイヤミスが無性に読みたくなる時期がくるんですよ、私。
一度始まると、しばらく続く私の「イヤミス期」。今回のイヤミス期中、最初に読んだのは、真梨幸子の連作短編集『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで: 万両百貨店外商部奇譚』。短編で読みやすく、面白くて夢中で読みました。
イヤミス度数は抑えめで、さくさく読める本書。ライトな読み心地ながら、奇妙な運命に転がり落ちていく人々を密かにのぞき見しているような背徳感がたまりません。
すべての物語で、しっかり腹オチさせてくれるのはさすが。読み終えると、爽快感すら感じてしまいます。
『ご用命とあらば、ゆりかごからお墓まで: 万両百貨店外商部奇譚』あらすじと感想
万両百貨店外商部でトップセールスを誇る大塚佐恵子。外商部が抱える顧客たちは、日々、大塚さんをはじめとする担当の外商たちを呼びつけ、無理難題を押し付けます。
「タニマチ」
第1話は「熱海乙女歌劇団」劇団員のファンクラブの面々が登場。彼女らはお気に入りの劇団員の生活費までサポートしています。費用面で自分たちの手に負えなくなってきた彼女らは、劇団員の費用面をサポートしてくれる、いわゆる「タニマチ」を探そうと決意。彼女らがタニマチ探しを依頼したのは…
感想
のっけから万両百貨店外商部の力を見せつけられるお話。そこまでやるのね、なんて思っていたら、こんなのはまだまだ序の口でした。
「トイチ」
万両百貨店のスイーツ店にマネキンとして雇われた越野由佳子。これまでまともに働いたことのない彼女は接客もままならず、お店で浮いてしまう。その頃、スイーツ店の店長はある噂を聞きつけ、浮足立つのですが…
感想
皮肉で悪意のあるユーモアに満ちてる。不器用な越野さんに冷たく接する店長の空回り振りが爽快。少しずつイヤミス感が出てきましたね。越野さんはこの後も話でも登場します。
「インゴ」
自分を「ラグエル」と呼ぶ、ゴスロリ趣味の専門学生。空想の世界にどっぷりの彼女の憧れは「暗黒姫」という同人誌の作者。ある日、母親からお使いを頼まれた先で彼女が見たのは…
感想
痛々しく、危うさ満点のラグエルさんの登場に嫌な予感がしていたけど、この話はある意味ハッピーエンド。…ラグエルさんのこれからの人生に幸あれ。
「イッピン」
外商部の小日向淑子は顧客であるタレントの豪徳リンダから呼び出されます。自分は盗聴されていると言うリンダ。小日向はすぐに業者を呼び盗聴器を探させますが、見つかりません。しかし、日に日にリンダの様子がおかしくなっていきます。見かねた小日向はある推測を彼女に伝えるのですが、想定外の事態に。
感想
大塚さんにライバル意識を燃やす小日向さん。後日談で真相が明かされますが、なかなかエグい。
「ゾンビ」
ある雨の日の夜、顧客の笠原亜沙美とタクシーに乗り込む万両百貨店外商部の小日向淑子。亜沙美はタクシーの運転手に一目惚れし、外見は美しいが田舎くさい彼をいっぱしの紳士にしてみせる、と宣言。それから数年後、小日向は亜沙美に呼び出されます。小日向は、亜沙美の財政状態が傾いているのを即座に見抜きます。果たして亜沙美の身に何が起こったのか。
感想
小日向さんの推理が冴える話。大塚さんの笑顔が怖い。
「ニンビー」
万両百貨店外商部の根津剛平は、顧客で弁護士の内田からある依頼を受ける。とあるマンションの購入を妻に諦めさせてほしい、というのだ。実はそのマンションには、内田の愛人が住んでいるのです。根津は、そのマンションの近くで工場経営者が起こした凄惨な殺人事件の話を持ち出し、内田の妻に諦めるよう説得を試みます。
感想
根津はその殺人事件が気になり、ネットで調べていく内に、ある人物が関わっているのではないかと疑惑を持ちます。
これはイヤミス度数が高いですよ。この短編集の中では一番面白かった。殺人事件の関係者が意外なところにいるのですが、その背景が辛いし苦しいし残酷。
「マネキン」
万両百貨店のお菓子売り場の看板娘、橋爪さんが出勤してこない。マネキン(販売スタッフ)紹介所の和久田所長は彼女と連絡を取ろうとしますが、電話は繋がりません。一方、外商部の大塚は、顧客である作家から、ある後始末を依頼されます。
感想
最後のオチで「なんだ、そんなことか」って拍子抜けしたんですが…実はその裏には全く別のストーリーが…。真祖は次の「コドク」で明らかになります。
「コドク」
マネキンの橋爪と待ち合わせをしていた外商部の森本歌穂。待ち合わせ場所のラウンジに橋爪は現れません。そこへ大塚から呼び出しが入ります。自分の顧客の作家から頼まれた仕事を手伝ってくれと言う大塚。森本が向かった先にあったのは、解体されたマネキン人形。
なぜ、作家の家にマネキン人形があったのか。なぜ、解体しなければならなかったのか。
感想
「マネキン」の裏面に当たるお話。恐ろしい話だけど、イヤミス度数は低い。しかし、大塚さんがついにここまで…
イヤミスは「触れたくないけど、知りたい」
真梨幸子の小説に出てくる人たちは関わりたくないタイプばかり。その人たちの表面だけを見ていればまともで、自分の身近にいてもおかしくないんですよね。
一見、理性的な人が他人に対して厭らしい感情を持っていたり、幸せそうに見える人が不満を抱えて爆発寸前だったり、密かに狂っていったり…
関わりたくないし、近くにいたら避けて通りたいけど、そんな彼らをこっそり見ていたいんです、私は。もちろん、フィクションの中で。
日々、心の内に溜まっていく「毒」を定期的に輩出してやるために、私には「イヤミス期」がくるのかもしれないな、と思います。
イヤミス期が終わると少しスッキリするような。
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そこまで書いて、「つばめ」は、猛烈な空腹感に気がついた。パソコンの時計は17時24分と表示されている。そういえば、昨夜から何も食べていない。
冷凍庫に作り置きしていたハンバーグがあった、と思い当たり、「つばめ」はキッチンに向かった。
「つばめ」の夫は子供が好きそうな食べ物ばかり好む。ハンバーグやらエビフライ、カレーライスにクリームシチュー。新婚当初はそんなところがかわいいなどと思っていたが、最近では、複雑な味が理解できない夫の味覚に苛立ちを募らせている。
冷凍庫を開け、夫の分も解凍しておこうか、とハンバーグを二つ出しかけて、思い直して一つだけ出した。
ハンバーグをレンジに入れ、解凍されるのを待ちながら、「つばめ」は開放感を噛み締めていた。
もう、好きでもないハンバーグを作り置きしなくていいのだ。もう、好きでもないエビフライを作って油の後始末などしなくていいのだ。明日から何を作ろうか。本格的なオーブン料理なんかもいいかもしれない。フランス料理に挑戦してみようかしら。食材にもとこんとんこだわってみよう。
寝室にフランス料理のレシピ本があったはず。女優の葛城繭子が雑誌のコラムで絶賛していたレシピ本で、彼女の熱心な信奉者である「つばめ」は、コラムを読んですぐにネットで購入していた。
「つばめ」は足取りも軽く寝室へ向かった。寝室へ入ると強烈に生臭い臭いがしたが、「つばめ」はしかめかけた顔を笑みに変え、本棚の奥にあったレシピ本を引っ張り出す。
血まみれのシーツの上に横たわる夫を一瞥すると、「つばめ」はレシピ本を大事に抱え、キッチンへ戻っていった。
何を作ろうかしら。葛城繭子もよく作っていると言っていた、レバーのコンフィなんかいいかもしれない。それとも、仔羊のロティがいいかしら。
「つばめ」はレンジの中のハンバーグや、寝室で腐敗に向かっていく夫のことも忘れ、一心不乱にレシピ本のページをめくっていた。
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なんちゃってイヤミス風。お粗末さまでした。ではまた次の記事でお会いしましょう!ハンバーグ大好き!
ライトな読み心地で、イヤミス初心者にもおすすめ!