「館ミステリー+タイムリープ+人格転移」と聞いたら、読まずにいるのは無理な話。
スチュアート タートン 『イヴリン嬢は七回殺される』を読み終わりました。
最後まで時間軸をおさえることに四苦八苦していたものの、苦労して読んだ甲斐がありました!待ち受けていた真相の衝撃と言ったら!
タイトルから、西澤保彦さんの『7回死んだ男』や『人格転移の殺人』を思い浮かべましたが、『イヴリン嬢〜』は全くノリが違いました。
ノリは違えど、西澤さんの小説もとても読みやすく面白いのでおススメですよ。
『イヴリン嬢は七回殺される』あらすじ
森の中に建つ屋敷〈ブラックヒース館〉。そこにはハードカースル家に招かれた多くの客が滞在し、夜に行われる仮面舞踏会まで社交に興じていた。
そんな館に、わたしはすべての記憶を失ってたどりついた。自分が誰なのか、なぜここにいるのかもわからなかった。だが、ひょんなことから意識を失ったわたしは、めざめると時間が同じ日の朝に巻き戻っており、自分の意識が別の人間に宿っていることに気づいた。
とまどうわたしに、禍々しい仮面をかぶった人物がささやく――今夜、令嬢イヴリンが殺される。その謎を解き、事件を解決しないかぎり、おまえはこの日を延々とくりかえすことになる。タイムループから逃れるには真犯人を見つけるしかないと……。
Amazonより
『イヴリン嬢は七回殺される』感想
舞台はイングランドのカントリーハウス、ブラックヒース館。館を所有するハードカースル家が、長女イヴリンがパリから帰ってきたことを祝い、仮面舞踏会を開くことに。
主人公は、この舞踏会当日を何度も繰り返すループの中に置かれています。
しかも、ループの度に別の人間に人格が移っていくのです。
それを止めるには、舞踏会の夜に起こるイヴリン嬢殺害の謎を解き明かさなければいけません。
面白いのは、主人公がタイムループをしている事実を知っている者たちがいて、かなり後まで味方なのか敵なのか分からない、ということ。
タイムループに干渉してくる二人の重要人物
黒死病医師
主人公にタイムループの仕組みを説明し、イヴリン嬢殺害の謎を解かせようとする人物。
案内人のような役割なのですが、彼が他の誰かと組んで主人公を騙そうとしているのでは、と主人公は訝しがります。
その人物は「黒死病医師」の格好をしているため、主人公がそう呼ぶのですが、黒死病医師ってピンとこないですよね?Wikipediaによると…
ペスト患者を専門的に治療した医師のことで、黒死病が蔓延した時代に多くのペスト患者を抱えた都市から特別に雇用された者たちである。
Wikipediaより
そしてその格好がこちら↓
Wikipediaより
できるだけ肌を露出させないよう全身を覆う、表面に蝋を引いた重布か革製のガウン、つば広帽子、嘴状をした円錐状の筒に強い香りのするハーブや香料、藁などをつめた鳥の嘴のようなマスク(ペストマスク)、木の杖のひと揃いがその典型であった。
Wikipediaより
なんとも…見た目の滑稽さと目的の切実さのギャップが怖い。
アナ
主人公がタイムループ初日にセバスチャン・ベルという人物の中で目を覚ましたとき、彼が叫んだのが「アナ」という名前。他の一切の記憶はなくなっていたのに、アナという名前だけを覚えていました。
ハードカッスル家の舞踏会に招かれていた他のメンバーたちにアナのことを聞いても、誰もその存在を知りません。
しかしアナは屋敷内にいて、周りに知られないよう、主人公に接触してきます。アナはタイムループから脱出できるよう、主人公を助けます。
アナに親しみを感じる主人公ですが、黒死病医師はアナの存在をよく思っていない様子。
アナを信じるべきか、黒死病医師を信じるべきか。答えは出ないまま、主人公はタイムループを繰り返します。
『イヴリン嬢は7回殺される』は、特殊設定を排除しても読み応えのあるミステリー
この物語の素晴らしいのは、タイムループや人格転移という特殊な設定を取り払っても、上質な「館ミステリー」として十分に面白く読めるというところ。
イヴリン嬢はハードカッスル家最初の殺害事件の被害者ではありませんでした。
十数年前にイヴリンの弟が殺され、その犯人はすでに処刑されています。
しかし、その事件がイヴリン殺害事件に関わっているのでは、と主人公は考え始めるのです。
過去の事件が現在の事件に関係しているというのはよくあるミステリーのプロットではありますが、そのプロットを肉付けする仕掛けが素晴らしいんですよ。
解決したかのように思えた後に気がつく新たな謎。事件は見えていた通りの筋書きではなかったと、私たちは思い知らされます。
殺人事件とタイムループの謎、二つの真相に驚愕
タイムループを終わらせるため、主人公はイヴリン嬢殺害事件の真相を暴こうとするのですが、「そもそもこのタイムループは、この館の役割は何なのか」という謎も、常にそこにあるのです。
このからくりが分かるのは物語の終盤も終盤なのですが、私は戦慄しました。
悲しく恐ろしい真相がそこに隠されています。
真相にたどり着く前にくじけそうになるかも…でも待って!
400ページ超えでボリュームたっぷりの本書。正直言って、ものすごく長く感じました。
途中、「…この話、もう終わらないのでは?」とまで思いましたよ。読めども読めども、真相にたどり着かなくて。
掴めそうで掴めない展開がしばらく続くんです。ロジカルな人には大事なパートなんでしょうが、残念ながら私はそうではないので…
そんな私でも、そこを差し引いても、『イヴリン嬢は七回殺される』は十分に面白く読めたんです。何と言っても真相が衝撃的で、仕掛けが鮮やかで、たどり着くまでの長い道のりを忘れてしまうくらい。(…忘れちゃダメか)
じっくりと謎を突き詰めていくのもよし、謎の解明を主人公に委ねるもよし、最後には素晴らしい読後感があなたを待っているはず。
『イヴリン嬢は七回殺される』フィナンシャル・タイムズ選ベスト・ミステリ/コスタ賞最優秀新人賞受賞
西澤保彦さんのタイムリープ、人格転移モノはこちら。中だるみは一切なしの面白さです。